本年もよろしくお願いいたします

明けましておめでとうございます⛩

今年がみなさまにとって
「あ」りのままで
「い」やなことからスルっと抜けたり
「う」んがよく
「え」みがこぼれる
「お」めでたい一年になりますようお祈りいたします

 
年も気持ちも新たに触れさせていただこうと思います
 

セッションについては、身体を通して心に触れることで現実に起こる癒しの変容の繊細なプロセスを、
社会で慌ただしい生活を送る皆さんにも認識しやすいよう更に学んでシェアできますように

また必要な方へ見つけてもらえますよう環境も整えていこうと思います。

個人的には、自分に対しても周りの人に対しても自分自身でいられるよう内側と外側の表現を一致することを大切に

また「我」に執着しない柔らかさをバランスよく

周りにいてくれる人たちにいつもありがとう!
こんなだけどこれからも見守っていてくだされば🤲

癒しが現れてくる様子はまるで織物のよう
縦の糸、横の糸が織り混ざってだんだんその全容が現れてくる
その途中のあれやこれやもプロセスの一部
そんなふうに私は考えています

「触ってもらって癒されたような気がする」の向こう側をぜひご一緒に☺️

本年もどうぞよろしくお願いいたします

2023年 元旦
 

本年もありがとうございました

2022年、せねばならぬことは残しつつも無事にセッション納め、ソマティカ年末年始の骨休めに入らせていただきます

みなさま、本当に1年お疲れさまでした

触れさせていただいてありがとうございました

来年はぴょんと飛躍の年、お迎えくださいね

年明けは2日からになりますのでとりあえず年は越したけれどスッキリしたい方、お越しくださいませ

ソマティカは今年一年、いろんな世界を覗いて体験してぐるっと一周して元の位置に戻ってきたような感覚があります

戻ってきたようで螺旋状に以前とは少し見る地点が変わっていて

私たちの身体と心・魂の流れがあること、そこに物理的でもエネルギー的にでも「触れる」ということの両方が神聖なものだと思えるところにたどり着けたことが個人的には嬉しく思っています

セラピーは特別でも贅沢でもなく

自然なもの

そう体感していただけますよう、来年も精進したいと思います

どうぞ、ピピッとアンテナが反応されましたらお声がけくださいませ

最後に今年、一番?くらいに知ってうんと大きく頷いた言葉をシェアします🤲

“Spiritual But Not Religious”

精神性の豊かさを求めるけれども宗教的でなく

空と地面の真ん中で

身体も心も

動きを感じきりながら

過ごしていきたいと思います

もしよろしければご一緒にお付き合いくださいませ☺️

ロルフィングとクラニオ

クラニオセイクラルとロルフィングでセッションを交換することに。

ロルフィングについては「世界中旅しながら学ぶ身体技法」というイメージのみのほぼ知らない同然ながら、ロルファーの方の発信をみていると「身体を入り口に心・魂の変容を促す」ソマティックな手技療法として、考えていること、選ぶ言葉などに共感と示唆を汲み取ることができて、とても近しいものを勝手に感じていた。

今回教えてもらったところによると、ロルフィングとは「筋膜に潤いを蘇らせる手技療法」だとのことで脳が興奮する。

世界中の哲学的思想やセラピーの手技を知り尽くしているわけではないのだけれど、様々な言葉や領域で説明される信頼性を感じるものは超訳するとみな同じことを言っているようにだいぶ前から私には聞こえるような気がする。
それを「みんな登り口は違うけれど富士山のてっぺんに向かってる」とよく話していた後に「すべての道はローマに通ず」という言葉を思い出した。

この「なんだかよくわからないけれどぼやっとした確信がある」というのが私の学びのモチベーションだと思う。
暗い部屋を覗いて、見えはしないんだけどあそこに冷蔵庫がある気がしてならない。しかもその冷蔵庫の中には大事なものが冷え冷えで待ち構えているのが冷蔵庫見えないのにそれだけはわかる、みたいな。

ロルフィングのセッションは姿勢と歩いた時の身体の感覚を確認してから始まった。

右腕上腕に違和感があったのでそれを伝える。小胸筋あたりからのタッチから始まり、すべてのタッチは柔らかく、センシティブで侵入しない、何をどうこうしようという意図は感じられず「何をしているのかわからない」状態だった。この感覚にも親近感を感じる。

セッションが進んでいくと、タッチは薄く柔らかいのに対し、身体が少しずつベッドに重く沈んでいくのがわかった。逆に意識は天井の方へ上がっていくような。背中や肋骨、触れていないところもチリチリとした刺激を感じ、身体の中の変容のスイッチが入ったことがわかった。
クラニオやオステオパシーを受けている時、私は身体の中がトロっと溶けるような感覚を覚えるのだけれど、それよりはさらっとしている感覚。

セッションの合間に立って歩いてみると少しのタッチで十分身体の重心が変わっていることがわかった。
二の腕の違和感も消えていた。

「変えよう、直そう」の意思がこんなに感じられなくてもしっかりと身体は元の位置に戻りたがっている。
そこをギバーの手がサポートしてくれていることを感じることができた。
おもしろい!と交替。

クラニオのセッションについて後日「 頭の中でいろんなエネルギーが動いていてそれは自分を疲れさせるもので 徐々に落ち着かせていくことができた、 脳内の勝手に立ち上がっていたジョブをどんどん終了させていたのかもしれない。 終わった後は頭と骨盤につながりが起きたような感覚を感じ、 今日は外の光がきれいにみえたりしていた」と丁寧なフィードバックをいただいた。

「神聖な時間だった」とも言っていただけで、セッション中、まさに私が感じていた空間をそのまま言葉にしてもらえたようで触れることで空間を共有することができたような気がした。

私がさせていただいているクラニオなどのソマティックなセラピーは特別なものでも贅沢でもない。
ストレスフルでマインドレスな疲れた状態を慰めたり宥めたりするものでもない。
日常を生きやすくするツールの一つだ。

ツールを最大限に活かせるセラピストの在り方として、私はただ私たちの身体と魂があること、そこに触れるという行為の両方が神聖なものだと思っている。

身体に触れること、身体に生まれる感覚を通して、エネルギーや魂の振動を整えていく、それが今の時点での私が目指しているソマティックなセラピーなのだなあと今回のセッション交換を通して整理することができた。

東京から静岡への帰り道。いつもは都会でくたくたに疲れた私の神経は興奮してせわしないのだけれど、この時は背もたれに身体を預けることができた。頭はそれでも多少せわしなかったけれど、そんな自分を俯瞰することができた。
その時に、長い間沈黙していた肩甲骨間の感覚が蘇りフローが生まれていることに気付いた。呼吸をする時に背中側からもふくらみを感じることができたのだ。いつぶりの感覚かわからないのでもしかすると物心ついて初めてかもしれない。とりあえずはじめまして!

思考や不安、疲れなどから身体に緊張が生まれ力むと、私たちは周囲に委ねるということをつい忘れてしまう。ピシッと気をつけ!としゃっきり自分1人で立っているかのように感じてしまうものだけれど、そんな時は大抵がんばりすぎな時。その前のめりの頑張りは熱意でもあるけれど空回りもしてしまう。空回ってると、周りも手を差し伸べようがなかったり。

周りのものや人に少し委ねた時、柔らかい静かな空間が生まれる。
その余白の感覚を楽しむことをしていきたい。感じ尽くした後にきっとまた何かがひょんと飛び込んでくるだろうから。

自転車で走りながらみた看板でふと思いついて連絡を寄越すような私と快くこのような体験をシェアしてくれたロルファーかずさんに感謝を♪


Unleash Body & Mind – 本来のカラダとココロ発見Lab


12月スケジュールと

暖かいので気を抜いていたらもう12月が今年もやってくるそうです。

体感的にはまだ10月。。。11月はどこに?(今ココに)

12月の営業予定です。

なんだか働き者のような⭕️の数になっていますが、しっかり休んでいます。
セラピストと名乗るようになってちょうど12/1で10年になります。半フリーランスとしての身が長かったのですが、やっとこの休むと働くのバランスを取る切り替えができるようになってきました。
フリーランスの人は休むのが苦手な人が多いと思います。私も止まれないカツオかイワシか、みたいな状態になって身体を壊したこともありました(遠い目)。

「3月のライオン」という漫画が好きなのですが、その中でプロ棋士は試合以外は何をしているの?というお話があり、プロ棋士は「試合以外は研究」だそうで、それはセラピストにも当て嵌まっていると最近つくづく思います。

私は元々バッチリボディワークの沼にハマったオタクなので余計かもしれませんが、施術していない時は施術に繋がることを考えたり練習したり、本を読んだり学びに行ったり。最近はオンラインも充実しているのでいい時代になりました。

目にするもの、手に触れるものなど感覚で受け取る情報、経験する体験、全てが繋がっています。

10年というちょうどよい区切りで振り返ることがちょくちょくある近頃です。

この間、ありがたいことにご縁が続いて仕事としてセラピストを続けることができたのですが、途中やっぱり「もうダメかも」と思う時もあり、あんまりしんどかったので、辞めることも考えたことがありました。
その時に「じゃあ辞めて何をする?」と自分に訊いていくと
「辞めても似たようなことをするよね」と答えがポンと自分の中から返ってきたんです。
その答えを聴いた途端、ぱあっと目の前が開けて
「じゃあ、しょうがないよね」とニッコニコな私がいました。
これを全部1人でやっているので、人様にはお見せできない感じなんですけど、その瞬間は身体全体でスッキリしました。
結局好きなのだ。
じゃあ、続けよう。ずっと続いても無理がこない自分にとってちょうどよい形で。
そう決めたら、忙しいことに価値があると思い込んでいた自分がはらっと解けて仕事を詰め込んで紛らわしていた焦りがどんどん小さくなって休めるようになりました。


師走って「師ですら走る」くらいに忙しくなるらしい。
心を亡くしてまで見たくないものを見ないようにしていないかなー?なんて自分を見てみたら身体はやっぱりいろんな答えを持っていて。
その中に今年一年の宝物が隠れていそうな予感がしました。
どうぞ宝物を見つけてみてくださいね。きっと新しい年をスッキリ楽しみに迎えられそうな、そんな予感もするから。


「3月のライオン」ではネガティブエンジンをフル稼働して頑張る主人公が、段々周囲の人の優しさに癒されて成長するにつれぽわぽわにあったかエンジンで動き出す時がきます。
ネガティブエンジンでないと突破できない壁もあるだろうし、ポジティブエンジンや力を抜いて抗わないことで越えられる壁もあると思います。
そのどの時も自分のベストを尽くしているのだからまるっと認めてあげたい。そして転ばぬ先の杖としてセラピーを活用していただきたいと思っています。

試行錯誤しながら10年やってこれたのも、見守って時に手を差し伸べて支えてくれた先生たち、周りの人たちのおかげです。
そして、何より施術を受けてくださってくださる皆様、本当にありがとうございます。
あまり型にはまっていないのでビックリされたこともあると思います。ごめんなさい。

これからも学び続け、それを施術の手から皆様にお届けできるよう整えて精進していきたいと思います。

施術部屋の空間を整えることを夏の終わりからしていて、メインで施術をしている中田シェアサロンの空間が最近とても整っていい感じです。空間の心地よさの違いで施術の結果もだいぶ違うなあと思います。


自然農法の藁で作ったねじねじがあったのでそれをサロンに形を変えて置いてみたらまた整いました。
やっぱり変わるんだなあ。
自分の部屋にも置いてみたらそのあたりが暖かくて居心地がよくなりました。

心地よいってどこまでも段階があってこの先どこまでいけるか楽しみです。

これからも、ソマティカをどうぞよろしくお願いいたします。

言葉よ追いついて

段々、冬の足音が確かなものになってきました。

それでも今年は暖かいのだそう。寒いと肩首や頭がガツンと硬くなりやすい私は帽子を被るのがお気に入り。

頭が暖かいと心地よいのです。

現在、サイトの方を更新中のため見づらいところがあると思われます。

ソマティカでしていること、できること、できるようになりたいこと。
皆様にお伝えしたいことを言語化に頑張っていますので今しばらくお待ちください。
待てないよ〜という方はご来店お待ちしております。

営業日は公式LINEのスケジュールをご覧ください。

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普段、セッション前後の問診と振り返りをソマティカでは大事にしているのだけど、やっぱり大事だと再確認した話。

 

先日いらしたお客様。

 
問診の際、口数は多く話してくれるのだけれどなんだか主訴が伝わってこず、
時にソマティカに初めてきた頃の話まで遡ったりあちこちにいきがちなお話を要所を確認しながらお聴きしてセッションに入った。

セッション途中から身体が変わったのがわかり、お客様も頭の理解でなく身体の感覚として感じてくれていることを話してくれた。

セッション前にたくさんお話して下さった中に散りばめられたお客さまの本当の声はあり、
「すべての答えはクライアントの中にある」
というこれもその一つのケースかもしれない。
 
たくさん携えて来てくださる方のヒントをキャッチできるようにフラットな静かな自分で居よう。
 
 

 
 
シンプルに、素直に話すことはふつうに難しい。
つい以前見た情報や誰かが話していた言葉がさも自分の言葉のようにくっついてくる。
だからこそ身体から湧き上がってきたものをシンプルに話せた時、伝わった時は確かな安心と喜びがある。
受け取ってくれた相手にもありがたーいとあったかい気持ちが湧いてくる。

自分の言葉で話すと自分の輪郭がはっきりしてくる。
 

「自分の言葉を話す」
 
 
それが今の自分のテーマでもあったのでこの感覚を忘れないためにシェア。
学ばせてもらっています🤲

駐車場と店休日変更のお知らせ

自転車でのツーリングで、藤枝市岡部町までコスモスを見てきました。

往復40km越え。峠も攻めて。自分の背より高いコスモスたち、とてもきれいでした。

お知らせです。

・中田シェアサロンにいらしてくださる方の駐車場が変わりました。

新しい駐車場はサロンの前の道路が一方通行のため、建物から少し手前になりますのでご予約の際にご案内しております。

・定休日を毎週月曜とさせていただいておりましたが、不定休とさせていただきます。

月曜に来られずにいらした方、お待ちしております。

小鹿のMOTHER MOONさんは水曜定休なのでセッションは水曜以外で承っています。


昨今「何が起きてもおかしくない」と言われる世の中だと風の便りに聞きます。

不安や疑いの気持ちが強くなって身体を硬らせていないでしょうか。

起こす行動の基にあるものが不安や恐れからくるものになってはいないでしょうか。

心に嵐が吹き荒れたり、疲れてため息をついた時、いま一度足を止めて掌で胸に手を充ててみてください。

数年前に流行り病で世界中が不安の静けさに覆われていた時、目の前のことをただしていこう、と決めました。

そしてソマティックなセラピーについて、エネルギーのことについて勉強しながら自分の中に深く深く潜っていきました。

もうそのずっと何年も前に「この世界はどこまで続いているのだろう?私はどこまでいくのだろう?」とふと施術中に思ったことがあります。

その答えは

「どこまでも。いつまでも」。

心と身体を繋ぐワークはヨーガや瞑想など多種多様なものがある中で、ソマティカでできることはこうして肌に触れるマッサージとも呼ばれるボディワークです。

身体的な癒しと共にエネルギーの癒しが進んでいくと

「外の環境や状況に潰されにくい、しなやかな強さと適応能力を発揮することができるようになる」

これが回復する、ということだと中川も自身の体験をもって体験しています。

生きる力、とは傷つかない頑丈さではなく、傷ついて揺れても立ち上がり自分自身の心地よさに戻ってくることができる力のこと。

心の安らぎは未来を見通すことでもなく過去を踏襲して繰り返すことでもなく、ただひたすらに今ここに居続けられている時に感じられる感覚。

安らぎを今ここに。

不機嫌な時は必ずと言っていいほど身体のどこかが悲しい声をあげている時です。
イヤイヤ言ってるのは心じゃなくて身体だったりするんです。
身体が不機嫌な時には不安や恐れも出てきやすい。頭から背骨を通って仙骨までを循環している脳脊髄液の流れが滞っていると頭がなんだかモヤモヤして考えがまとまらなかったり決められなかったり。

その悲しい声がどこから聞こえてくるのか、一緒に耳をすまし手を触れて解放していく。

セッションを重ねる度に、身体の中や思考が整理されていきお顔つき・身体つき、行動や口にする言葉がだんだん変わられていく方々と一緒に歩めている喜びを感じています。

今ここにいられる身体と心を整えるお手伝いをしています。

三重〜再訪・施術〜

引き続き、三重に三つの理由が重なって訪れた話。
今回は

・施術させてもらいたい
・もう一度訪れたい場所がある、について。

昨年、御伊勢参りの際に泊まらせていただいて忘れられなかった宿・風見荘さんがあった。

12角形の建物は、足を踏み入れると外のノイズからいい感じに距離を保たせてくれる居心地のいい守られた空間だった。
この空間にいると身体の中にある静かな場所がより感じやすくなる。
ぽかんと心地よくて、そのままで居られる。
漫画「海獣の子供」が置いてあって間違いないと思った。
ここで施術ができたらなんて素敵だろう、気持ちがよいだろうなと思ったのが昨年。

ありがたいことに、宿泊も施術もこちらで叶えてもらうことができた。ありがとうございます。

空間が整っていると「守られている」という身体感覚を感じる。
これは「そんなような気がする」という朧げな期待でも、エビデンスからくる「そうに違いない」という頭ごなしの思考でもなくて肌から伝わってくる自分にとっての確かな情報。守られている、と感じられる整っている空間で施術をさせてもらうと、なんていうんだろう。


施術者と受けてくれる方の空気の振動が揃ってくると、部屋の中の空気の粒が揃ってきているのを目で感じられるように私は思うのだけど、きっと肌や他との感覚が混ざっているのだろうとも思う。
実際揃ってくると部屋に流れる音楽もセッションが終わった後の出来事もいろんなことが拍子を合わせたように揃ってくる。
それがどう揃ってくるのかをお互いの間合いを感じながら進んでいくのが今の私のセッションの大事にしたいところ。
大事なところをうまく伝えたり理解するためには普段ノイズまみれの私たちは肉付けする必要があって、それがセラピストが学んで取り揃えているのが解剖学や様々の理論の知識だったり手技のスキルやレパートリー、在り方そのものだったりすのかもしれない。

空間の粒がもう既に揃っていたら、セッション前から流れは自動的でただ乗っかって感じているだけしかなかった。
受けてくださった方も満足とおっしゃってくださった。

宿の12角形の天井から下がるヒンメリ。私も夏に色々作ってみたので複雑なデザインはおお、となった。

静岡でも引き続きこの心地よさの空気感を保つよう試行錯誤しながら手を育てています。

三重へ〜藍染め〜

・一度行ってみたいところがある
・施術させてもらいたい
・もう一度訪れたい場所がある

先日三重へそんな理由が三つ揃って行ってきました。三重だけに。

「一度行ってみたいところがある」
それは藍染め工房。
今「藍染め」と打とうとしたら「愛染」と出てきて、私のPCは本当によくわかっている。

藍染工房エノクの輪」さんのパンフレットに書いてありました。「藍は愛」だと。

藍染めは江戸時代から続く伝統工芸で、尚且つ植物である藍の持つ生きる力や、微生物の発酵作用を利用した消臭・抗菌・鎮静・鎮痛作用などがあると言われているそう。

こちらには昨年、ソマティカでもセッション会をしてくれたじゅんじゅん @indigo_dye_jun が、藍染めを広げるべく活動しています。

久しぶりに会って、相変わらず平和であったかい空気をまとって元気そうでした。
ありがとう!

私はストールと帽子を染めました。

「藍の華」と呼ばれるもの。温泉の湯の花みたいな?生きてる、生きてる。

藍染め液に布を浸して、取り出し空気に触れさせ酸化したものをまた藍染め液に浸すことを7回程甕を変えながら繰り返す中で、段々身体と心がほぐれてき、温泉に浸かってる時のようとその時は思っていたのですが、よく思い返してみるとあれは筋膜がほぐれていく時と同じ感覚でした。筋膜がほどけるといつも帰り道はネムネムでいい塩梅にくったり。


身体の芯がほぐれて余計な力が抜ける。お喋りも余計になりすぎずこもらずに、考えずに感じながらその場にちょうどいいものを受け取って次に渡す、循環の廻りを感じて。

液に手を浸しているとぬくくてやわくて戯れているようで、口元ほころばせているうちに布と一緒に手も染まりました(爪以外はすぐ落ちました)。

手作り、天然素材、微生物と心地よい記憶とが染み込んだストールと帽子は、初めて染めたにしては上出来じゃないかという自画自賛も含めてお気に入り。
そういえば、夏に寝込んだ時に落ちた体力も三重から帰ってきたら気にならなくなっていました。
低気圧の曇天の気怠さも、強すぎる日差しに自転車のペダルを回して吹き出す汗もなんだかいい感じに真ん中に持ってきてくれています。

先日机に突っ伏して少し寝ようとしたところ、包まれた感覚が欲しくてストールと帽子に手を伸ばし、目を閉じ直したら瞼の裏に4歳くらいの女の子が。

どこか恥ずかしがりながらも好奇心の強そうなキラキラした目とやんちゃそうに笑う口元。
1枚の写真のように急に現れたその子は幼い頃の私だと。

この子がこの頃に体験しているだろう、笑顔も泣き顔も、我慢しなきゃいけなかったことも、思いっきりやらかして笑い転げてたことも、いつも一生懸命だった姿を全部全部包んで私が守ってあげたいな。
そんなことを思ったらみるみる身体の力が抜けていって姿勢の割りに贅沢なお昼寝の時間になりました。

その子は今、私の第一、第二頸椎の辺りで笑っています。
笑っておいで、どこまでも。

三重出張、まだ続きます。

エノクさんの藍染めについての説明動画を道中観てわくわくしていました。

スペースを用意する

しばらく人の様子がザワついているのを感じて。

情報を集めてシェアする人、物資を運ぶ人、物資を寄付する人、行政に頼らず自分たちの力でどうにかしちゃう人、、、
それぞれの生きる力で「自分にできること」を行動していて

「私にできること」

私もつい考えてしまう。

「私にできること」
それは自分の目の前のことをすることでした。

ふとした時に何度考えてもぐるっとそこへ戻ってくる。

外に意識が向かう時、行動はいつも自分の内側へ向かう。

一見、矛盾しているようだけれどやっていくと辻褄があってくる。

目の前に積んであるブロックを片付けるように手をつけていく。

自分の身体、心、環境を、空間を、余白を作っていく。

自分では思いつけない「私にできる何か」がやってきた時にふっと軽く動けるように。

「いつもの」そのままの私で在ること。

被害のお話を聴くと痛々しい気持ちになる。

自分にスペースがあれば、落ち着いて接することができる。
寄り添うことができる。
今の「ちょうどいい」を一緒に探すことができます。


そんなことをしている近頃です。

平常に。淡々と。

「いつもの」自分に戻りたい時。

もっといけちゃう人は
「本来の自分へ戻る」旅へ。

ソマティカのセッションに於いて心に留めていること。

今も台風の爪痕で日常に戻れずにいる方々に心からお見舞いと祈りを。

しおしおのぱあ

朝一のセッション終わりにあまりにいいお天気だったので近所のお山へ。

じわあっと口の中に広がるクロワッサンの甘みとこれまたじわあっと心に染み込んでいく言葉たち。
よいパンに良い本。顔見知りの木々たち。

もう少し経って蚊がいない時期には長居して、珈琲を淹れて飲んだりしたいと先の楽しみに下る足取りは軽く。

世の中は3連休が続くとか。
ソマティカはいつものようにマイペースに営業しております。
<空き状況>
17日 11:00~20:00🈳
18日 🈵
19~21日 店休日
22日 🈵
23日 11:00~20:00🈳
24日 11:00~20:00🈳
25日 HAPPY CAFE イベント出店(小鹿)
26.27日 三重出張
28日 11:00~20:00🈳
29.30日 店休日
(16日現在)
リアルタイムのスケジュールは公式LINEからご覧いただけます。

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養生の世界では秋は悲しみの季節、と言われていて、
肺が弱りやすく、悲しい感情や記憶が出てきやすいだとか。
オステオパシーでも出来事は脳で認識され、そこから生まれた感情は各臓器へ振り分けられると言われます。
内臓に感情は貯まり、固着し働く力が落ちたり。
ある臓器が弱るとそれに付随したネガティブな記憶が思い出されやすくなったりします。
夕陽見てセンチメンタルな秋を楽しめているうちはよいですが、引きずり攫われてしまいそうになるならば、整えましょう。
それでなくてもここ数年流行る病も肺が肝と言うではありませんか。
いつかにきた大波に中川も乗っかって気管支や肺、脳へ残った爪痕など学び終え消え去るまでよい勉強になりました。
なかなか調子が戻らない間、感覚の端々に蠢く「何か」をさっぱり流し去ってしまいたく、施術をお願いしたりして整えられるようゆっくりゆっくり自分と一緒に居て、一瞬で流れていく身体の感覚に耳を澄まして手を充てて。


「違うこと」をしないこと

自分の内と外を一致させておく。

そんな自分を許して受け入れる。

それを一つの自分にまとめあげ感じている。


どんな道を通っても、どう思おうとも「それでいいんだな」と結局そこに戻ってくれば、しおしおになった肺も小刻みにしか上がり下がりできなくなった横隔膜もすとんと落ち着いてゆったり、さっきまでのは夢だったの?と言わんばかり。
ぴんとこられた方にソマティカでできるセッションの組み合わせをつらつら考えています。

言葉と感覚の先に経験があるとそこで初めて身体の一部になれた気がします。

「食べる」

「寝る」

「遊ぶ」

これが楽しくなくなったら整え期です。

せっかく訪れてくれた実りの秋。
思いっきり遊んで、時々ちょっとおセンチにもなって夕焼けに涙差しぐんで
「そんなこともあったね」
なんて若い自分に恥ずかしさと誇らしさを感じながら、自然の力いっぱい詰まったご飯はおいしくて。
しおしおのぱあ⤴️
どんな感情が湧いてきても蓋をせずに感じきり、生きる力にしていきましょう。

いい季節にしましょうね。