昨日までの3日間、ダライ・ラマ法王の公開法話がネットでライブ中継されていました。

私は仏教について理解は浅いのですが、ダライ・ラマ法王のあの穏やかで時折見せるいたずらっ子のようなお茶目なキャラクターが好きでたまに法話を聴いています。
ダライ・ラマ法王の法話はとても論理的かつシンプルに仏教の哲学的な面を話されるので、私のような門外漢でも話の本質を理解できるような希望が持てます。

以下に私の感想をつらつら連ねようと思います。
仏教とは「因果」と「縁」の考え方に基づく宗教であるそうです。
全ての物事にはその原因となる「因」があり、そこから生まれる結果である「果」がある。
例えば、原因と結果は水が冷えれば氷になり、温められると蒸発するというような一定の理によって成り立っているため、蒸気がいきなり氷になったり、水を上方から下方に流しても遡ってきたり、という「不自然」で「無理」なことは起こらない。

水が冷えて氷になる際の「冷える」という事象に干渉する部分が「縁」なのではないかとダライ・ラマ法王の話を聴いて私は考えます。

そういった自然の理が理解できるようになるためにはどうすればいいのか、という方法を論理的に教えているのが仏教なのではないのか、と思います。
「どうして自分にこんなことが起こるのだろう」と悩む時。
起こったことに対して必ず原因となるものが存在するのです。
その原因がわかれば、その起こった出来事を理解し対処することができます。

そして仏教では「全てのものが空である」と説きます。
般若心経にも出てくる
「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」
では大凡「全ての物質は空であり、実際に存在するものではない」
ということを表しています。

「全ての物質は実際には存在しない」
私たちが今認識している目の前に広がる世界というものは、肌に触れる物の触感や温度は触覚、眼に映る景色は視覚、聞こえる音は聴覚、口にした食べ物や飲み物の選別には味覚、匂いの情報は嗅覚から、という風に五感から取り入れた情報を脳の中でフィルターを通して再構築しているものに過ぎません。

私たち一人一人は違う世界を持ち、体験しながらも人間関係を築き共にこの世界で生きているのです。
それぞれの世界を共有しわかりあうということの難しさを考えれば、人間関係の悩みはだからこそ生まれてくるのかもしれませんね。

実際は存在しない世界の中で「因果」について考えると、その「因果」すら自分で作り上げているものなのかもしれません。
その「因」は一方から考えた場合と他方から考えた場合とではその持つ意味が全く異なるかもしれません。
そうすると「果」だと思っていたものは実は違ってくることも考えられます。
これは逆方向でも然り。

もしこの「因果」がネガティブなものだと考え悩みの種になるのならば、ここで自分の考え方の癖に気づくことで行動や意味づけを変えることができます。
これをカウンセリングでは「リフレーム」と言います。
起こった物事に新しい枠を用意し、新たな意味づけを試みるのです。

そうすると、悪い出来事だと思っていたことがいい出来事であったり、逆にいい出来事だと思っていたことが気づいていないだけで本当は避けたい出来事だったりすることに変容するのです。
リフレームではできるだけポジティブに教訓や確かな意味づけがあることに方向付けて取り組みます。
リフレームができるようになるとあまり後悔をしなくなります。
「結果、こうなってしまったけれどきっとこれは必要なことだったんだな」と「必要な意味」やその先の行動について考え出すので起こった結果という事象について考え続けることができなくなるからです。


物の捉え方や考え方、はたまた脳の使い方を変えることで私たちはいつでも新しい世界を体験することができると考えると生きることは不確かながらも果てしなく広大で不可能はないような心持ちになれます。



SOMATTICA主人

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